水無月・水の月。田んぼに水を注ぎ入れる時期になりました。(執筆時:6月)
私の住んでいる家から15分ほど自転車を走らせると、田園と一軒家と鉄塔のみの景色が広がります。
無人精米機・ロッカー型の野菜自販機もちらほらある。
田んぼといえば、もう15年も前の話だけれど思い出すエピソードがある。
小4の頃、画板とA3の画用紙を持っていき田んぼの絵を描く、図工の校外学習。
途中まで外で描いて続きは教室で担任の先生が絵の添削やアドバイスをして、OKが出れば完成。
パパっと描き終えて見せにいったのだけれどOKは出なかった。
絵が全体的に茶色いと言われたためです。
水色にして描き直して、と言われて「え!茶色かったのに!」口答えした記憶がある。
油彩ならまだしも水彩画で、茶色を水色にするのは結構キツイ。
どんな方法を取ったか忘れてしまったけれど、苦し紛れに絵を修正して提出し、そのまま苦い思い出となった。
廊下に並べて掲示された絵もあまり見たくなかった。
実際空が青かったか灰色だったかまでは覚えていないけれど、あえて汚く見える茶色を使う必要もないしあの頃の私からしたらきっと水田は茶色く見えていた。
空の色で描くのが云々という話ではなく、あの写生の授業での絵を描く目的は主観を交えずに見た景色をありのまま写すことだったと思うから、今でも間違っていないと信じている。
小学生が描くにしては全体が茶色すぎたのか、小学生らしい絵を求められていたのか、大人になった今でも納得がいかない。
水田は空の色!水の色!という価値観を押し付けられたような気がして嫌だった。
晴れていたにしても角度次第では泥の色になるでしょうに。
彩度をパーンと上げていたり、自然ではない色がなんとなく苦手なのも、一括にしてしまうのはよくないけれど一昔前のデジタル一眼レフの写真が苦手だった所以である。
いろいろな表現手法の否定はしないけれど、私はありのままが好き。